医療用・OTC禁煙補助薬の選び方と“声かけ”のコツ
はじめに:なぜ薬剤師が禁煙支援に関わるべきなのか?

日本では近年、喫煙率が少しずつ下がってきているものの、いまだに成人の約6人に1人が喫煙しており、年間で約13万人が喫煙関連の病気で亡くなっています。たばこは肺がんだけでなく、脳卒中、心筋梗塞、慢性閉塞性肺疾患(COPD)、さらには糖尿病や歯周病のリスクも高めることがわかっています。
薬剤師は、患者さんと日常的に接する立場にあるため、「禁煙を始めたいけどどうしたらいいかわからない」「病院には行きづらい」と感じている方にとって、最も身近な相談窓口になり得ます。ちょっとした声かけから、患者さんの健康を大きく変えるチャンスがあるのです。
1. 5Aモデルでみる薬剤師の禁煙サポート

禁煙支援には、世界的に使われている「5Aモデル」という考え方があります。これは、患者さんへの支援の流れを5つのステップで整理したものです。薬剤師の業務にも取り入れやすいので、ぜひ覚えておきましょう。
ステップ | 内容 | 薬局での対応例 |
Ask(尋ねる) | 喫煙しているかを聞く | 「たばこは吸われますか?」とさりげなく確認する |
Advise(勧める) | 禁煙を勧める | 「禁煙すると咳が減ったり、肌の調子が良くなったという方もいますよ」 |
Assess(評価する) | 禁煙の意欲を確認 | 「すぐに禁煙したい気持ちはありますか?」と意志を聞く |
Assist(支援する) | 補助薬や生活改善の提案 | 「このガムは吸いたい気持ちを和らげてくれます」 |
Arrange(手配する) | 継続的なフォロー | 「来週またお越しの際に使い方を振り返りましょうか」 |
薬局では、日々の会話の中でこの5つを自然に組み合わせることができます。
2. 禁煙補助薬の種類と特徴を理解しよう

禁煙を成功させるためには、ニコチンの依存症状(離脱症状)をどう乗り越えるかが大きなカギとなります。その際に役立つのが「禁煙補助薬」です。補助薬には医師の処方が必要な医療用と、自分で購入できるOTC(市販薬)があります。
2-1 医療用医薬品(処方薬)
■ バレニクリン(チャンピックス®)
ニコチンの受容体に結合し、「吸いたい」気持ちを抑える薬です。飲み薬で、12週間かけて少しずつたばこをやめていく流れになります。しかし現在、供給の問題で全国的に出荷停止中です。2025年中の再開が予定されていましたが、現時点では時期未定です。
■ ニコチンパッチ(ニコチネルTTS®など)
皮膚に貼るタイプで、ニコチンがゆっくりと体に吸収される仕組みです。1日1枚を貼るだけで済むため、使い方も簡単です。保険適用で使用するには、「1日の喫煙本数×年数」が200以上(ブリンクマン指数)、禁煙の意思があること、などいくつかの条件を満たす必要があります。
2-2 OTC医薬品(要指導・一般用)
■ ニコチンガム
噛むことでニコチンが体に吸収されるタイプです。市販では「ニコレット」「ニコチネル」などの製品があります。噛み方にはコツがあり、1分ごとに頬の裏側にガムを置く「シェイク&パーク法」を指導すると誤飲や吐き気を防げます。
■ ニコチンパッチ(市販品)
病院で出されるパッチと似ていますが、保険は効きません。体に合ったサイズを選び、1日1回貼り替えるだけで使えます。ガムと併用することで、より効果的に禁煙をサポートできます。
■ スプレーやロゼンジ(トローチ状)
吸いたくなったタイミングで使える即効性のあるタイプです。口の中に直接スプレーするか、ゆっくり溶かすトローチ型で、急な欲求に対応できます。
3. 患者さんに合わせた禁煙補助薬の選び方

禁煙補助薬は「どれでも使えば良い」というものではありません。患者さんの体調や生活状況に合わせた選び方が大切です。
- 1日20本以上吸っている方や、朝起きてすぐに吸う人
→ ニコチン依存が強いため、パッチ+ガムの併用が効果的です。 - 本数が少なく、比較的軽い依存の人
→ ガム単独、またはロゼンジで十分対応できます。 - 妊娠中や授乳中の女性
→ 薬は使わず、家族の協力や生活習慣の見直しを重視します。 - うつ病や不安障害がある方
→ 急な禁煙が症状を悪化させることもあるため、慎重にサポートし、必要に応じて医師に相談を促します。
4. 声かけのコツ:やる気を引き出す5Rアプローチ

禁煙をすすめると「自分には無理」「いつかはやりたいけど今じゃない」と言われることもよくあります。そんな時に使えるのが「5R」という考え方です。
項目 | 意味 | 声かけ例 |
Relevance | なぜその人にとって重要か | 「高血圧の薬を飲まれてますよね。禁煙するとさらに効果が出やすくなりますよ」 |
Risks | 喫煙によるリスクを伝える | 「たばこを吸うと、心筋梗塞のリスクが2倍になります」 |
Rewards | 禁煙によるメリットを伝える | 「肌のくすみが改善して、化粧ノリが良くなったという声もあります」 |
Roadblocks | 障害になっていることを共有 | 「仕事の合間の1本が習慣になっていて難しいんですね」 |
Repetition | 繰り返し支援する | 「次回来局時も様子を聞かせてくださいね」 |
共感を忘れず、否定せずに支援を続けることが大切です。
5. 禁煙外来のしくみと費用感を伝える

薬局で対応が難しい場合は、医療機関の「禁煙外来」へつなげるのも重要な役割です。
- 対象となる人:重度のニコチン依存症があり、すぐに禁煙したいという意思がある方
- 通院スケジュール:12週間の間に計5回の診察
- 費用の目安(3割負担の場合):約13,000〜18,000円
医療保険が使えることを丁寧に説明すると、「そんなに高くないなら受けてみようかな」と思ってもらえることがあります。
6. よくある質問と回答
Q. 禁煙すると太ってしまうって本当?
A. 食欲が一時的に増す方はいますが、適度な運動と食生活の工夫でカバーできます。代わりに間食が増えすぎないようアドバイスしましょう。
Q. ガムとパッチを一緒に使ってもいいの?
A. はい、併用可能です。ただし、使いすぎるとニコチンの取りすぎで気分が悪くなることがあるので、1日に使うガムの数は上限(15個程度)を伝えておきましょう。
Q. 電子たばこ(加熱式たばこ)は大丈夫?
A. 残念ながら、電子たばこでもニコチンを摂取している場合があり、禁煙とは言えません。安全とは限らないことも伝えましょう。
まとめ:薬剤師が一言声をかけるだけで、未来が変わるかもしれない

禁煙は患者さん本人が決断することですが、そのきっかけは私たち薬剤師の「ひと言」かもしれません。特に補助薬や禁煙外来のことを知らない方も多く、情報を正しく伝えるだけでも行動につながります。
供給が止まっていたチャンピックスの再開が見えない中、OTC薬の役割は今後ますます大きくなります。薬剤師だからこそできる「身近で、継続的な支援」を通して、禁煙という人生の大きな転機を支えていきましょう。
参考URL
厚生労働省「令和5年国民健康・栄養調査」
日本循環器学会ほか「禁煙治療のための標準手順書 第8.1版」
Medical Tribune「チャンピックス出荷再開時期が未定に」(2025年6月)

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