はじめに

「この薬、あまり効かないんです」――そんな訴えの背景に、喫煙の影響が隠れていることがあります。
タバコに含まれる成分は、薬の代謝を早めたり、逆に禁煙によって薬の効きすぎを招いたりすることがあります。薬剤師としては、喫煙歴の確認や、禁煙後のフォローがとても重要な役割となります。
本記事では、明日からの服薬指導に役立つように「タバコと薬の相互作用」についてわかりやすく解説します。
タバコが薬に影響を与える理由とは?

喫煙によって、体内の薬の代謝が速くなることがあります。これは、肝臓の薬物代謝酵素(主にCYP1A2)が、タバコの成分によって刺激されるためです。
- タバコの煙には「多環芳香族炭化水素(PAH)」という物質が含まれています。
- PAHがCYP1A2を誘導し、薬が通常よりも早く分解されてしまうため、効果が弱くなります。
- 一方で禁煙すると、この誘導がなくなり、薬が体に長く残りやすくなるため、効きすぎたり副作用が出たりするのです。
CYP1A2の活性は禁煙から1週間ほどで下がり始め、2〜4週間で元の状態に戻るといわれています。
主因子 | 影響 | 臨床例 |
多環芳香族炭化水素(PAH) | CYP1A2 誘導 → クリアランス↑ | クロザピン・テオフィリン・リルピビリン |
一酸化炭素 | ヘモグロビン結合 → 組織酸素低下 | ニトログリセリン感受性変化 |
ニコチン | 交感神経刺激 → 心拍・血圧↑ | β遮断薬やワルファリンの薬力学的変化 |
喫煙による影響を受けやすい薬剤

薬剤名 | 主な作用 | 喫煙の影響 | 禁煙時の注意点 |
クロザピン | 抗精神病薬 | 効きが弱くなる | 血中濃度が急上昇し、中毒のリスク |
テオフィリン | 気管支拡張薬 | 効果が落ちる | 吐き気・手のふるえ・けいれんなど副作用増 |
ワルファリン | 抗凝固薬 | INRが下がる | 禁煙でINR上昇 → 出血リスク |
経口避妊薬(LEP) | ホルモン製剤 | 血栓リスク増加 | 禁煙推奨35歳以上、1日15本以上の喫煙者には禁忌とされている |
補足:
加熱式たばこや一部の電子タバコも、CYP1A2に影響を与える可能性があるとされています(ただしデータは限定的)。薬の作用に関与するかは不明な点もあるため、紙巻き・加熱式の種類を問わず「喫煙」として扱うのが無難です。
現場での対応ポイント(薬剤師ができること)

1. 喫煙歴の確認
初回調剤時や、薬の効果に関する訴えがある場合は、必ず以下を確認しましょう。
- 現在の喫煙状況(1日何本?いつから?)
- 禁煙中かどうか(いつやめた?)
- 加熱式たばこ・電子たばこ使用の有無(加熱式たばこや電子たばこを喫煙に含めない患者さんもいるため)
ヒアリング例:
「タバコを吸われる方ですか?加熱式や電子タバコも含めて教えていただけますか?」
2. 薬歴への記録とチーム連携
喫煙歴や禁煙のタイミングは、薬歴に必ず記録します。
また、影響のある薬剤(例:クロザピン、テオフィリン、ワルファリン)を処方している場合は、医師や看護師に情報共有することで、安全な治療につながります。
3. 禁煙時の服薬フォロー
禁煙を始めた場合、薬の血中濃度が上がりやすくなります。以下のような薬では、副作用や中毒の兆候に注意が必要です。
- クロザピン: 傾眠・けいれん・よだれ増加など
- テオフィリン: 吐き気・手のふるえ・不整脈など
- ワルファリン: 鼻血・血尿・皮下出血など(INR上昇)
必要に応じて、TDM(薬物濃度測定)やINRの検査のタイミングを確認・提案できるとよいでしょう。
ケーススタディ(簡易版)

例1:テオフィリン服用中の患者が禁煙
禁煙から1週間後に「手がふるえる」「動悸がする」と訴え。血中濃度を測定したところ、治療域を超えていたため、用量を半分に減らして経過観察となった。
例2:クロザピン服用中の患者が禁煙
禁煙後、強い傾眠と口の中の泡つきが見られ、血中濃度が急上昇。医師の判断で、クロザピンを300mgから150mgに減量した。
まとめ:新人薬剤師ができる3つのこと

- 喫煙歴・禁煙の有無を必ず確認する
- 薬歴に記録し、影響のある薬剤では医師にも共有する
- 禁煙後は副作用出現に注意し、必要なら検査タイミングを提案する
喫煙と薬の相互作用は、薬剤師が介入しやすく、服薬指導の質を上げるチャンスでもあります。新人のうちから「喫煙=薬に影響が出る」ことを意識して、日々の業務に取り入れてみてください。
参考URL
Drug interactions with tobacco smoking. An update

Time response of cytochrome P450 1A2 activity on cessation of heavy smoking

薬物相互作用(9—喫煙と薬の相互作用),岡山医学会雑誌 第119巻 May 2007, pp.83-85
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