はじめに|なぜ今「フェンタニル」が問題視されているのか?

近年、アメリカで社会問題となっている「オピオイド危機」をご存じでしょうか?
鎮痛薬として使用されるフェンタニルの乱用により、米国では年間7万人以上が薬物関連で命を落としています
日本ではまだ深刻な被害は報告されていませんが、「原料の密輸 → 国内製造 → 違法流通」という流れが懸念され、厚生労働省も警戒を強めています。
2025年7月2日、厚労省は「フェンタニル原料の監視強化」に関する通知を都道府県に出し、薬局においても在庫管理や患者教育の徹底が必要な局面を迎えています。
1. フェンタニル乱用の国際情勢と日本への影響

1-1 アメリカにおけるオピオイド危機の現実
フェンタニルはモルヒネの約50〜100倍の鎮痛作用を持つ合成麻薬です。医療現場では末期がんの疼痛などに使用されますが、違法に製造・流通した場合には中毒死を引き起こす非常に危険な薬物となります。
米国では、密造フェンタニルがヘロインや違法薬物に混入される形で出回り、過剰摂取による死亡例が多発。社会問題化しています。
1-2 日本国内でもリスクは存在する
日本でも2023年以降、フェンタニル前駆体(原料)の密輸・違法製造に関する摘発例が報告されています。厚労省の麻薬取締部や警察庁も、フェンタニルおよびその誘導体の流通を水際で防ぐ体制を強化中です。
2. 監視強化通知とフェンタニルの法的取り扱い

2-1 麻薬としてのフェンタニルの位置づけ
フェンタニルおよびその製剤は、「麻薬及び向精神薬取締法(麻向法)」の規制対象です。
- 製剤は麻薬として扱われ、処方・調剤・保管・廃棄すべてに帳簿記録が必要
- 原料段階(フェンタニル未完成体)は、麻薬原料としての規制も加わります
- 少量の紛失でも都道府県報告が義務づけられています
2-2 2025年7月通知の要点(厚生労働省)
通知では、以下の対応が都道府県に求められています。
- 原料取扱業者への帳簿点検と在庫管理の指導
- 不審な流通があれば早期に厚労省へ報告
- 無届け営業や使用目的不明な取引への厳重注意
これは、フェンタニル原料の違法製造への流出を未然に防ぐ狙いがあります。
3. 薬局が直面するリスクと責任

3-1 麻薬製剤を扱う薬局に求められる管理責任
薬局が麻薬を取り扱う場合、管理薬剤師は帳簿記録・在庫管理・施錠保管・廃棄管理すべてに責任を負います。万一、紛失・盗難が起きた場合は、以下のような対応が義務づけられています。
- 都道府県への速やかな報告
- 行政処分(業務停止・改善命令等)の可能性
- 刑事責任に問われる場合もあり
3-2 フェンタニル貼付剤の特徴と注意点
- フェンタニルは貼付剤(パッチ)として使用されることが多く、3日間にわたり皮膚から徐放されます
- 使用後のパッチにも有効成分が残っているため、誤用や誤飲、転用のリスクが高い
- 特に家庭内に小児や高齢者がいる場合は誤使用事故が起こりやすく、薬局での説明が不可欠
4. 実務で使える在庫管理チェックリスト

項目 | 実施内容 | 頻度 | 担当者 |
入庫時確認 | 数量確認・帳簿記録(ダブルチェック) | 毎回 | 管理薬剤師+スタッフ |
月次棚卸 | 実棚と帳簿の突き合わせ | 月1回 | 管理薬剤師 |
廃棄処理 | 医師の指示書+立会いのもとで処理 | 随時 | 管理薬剤師 |
鍵付き保管 | 金庫・施錠庫で管理 | 常時 | 管理薬剤師 |
5. フェンタニル貼付剤の患者指導と残薬対応

5-1 患者・家族への説明ポイント
- 使用後パッチは成分が残っているため、再使用や誤飲に注意
- 医師や薬剤師の指導に従い、製品ごとの添付文書に記載された方法で処理する
- 家族が介護している場合には、貼付部位の確認や剥がし忘れがないように指導する
説明例:
「使い終わったパッチにも薬が残っています。子どもやペットが触れると非常に危険です。貼った日と時間を記録し、3日後には忘れずに剥がしてください。使用後は粘着面を折りたたんで廃棄しましょう。」
5-2 不要になった製剤の回収(死亡時・治療終了時など)
- 在宅で患者が亡くなった場合や治療終了後、未使用のフェンタニルパッチが残るケースがあります
- その際、医師の指示がある場合に限り薬局での引き取りや処理が可能です(※都道府県の運用ルールを確認)
- 回収時は、麻薬帳簿に記録を残すことと、厳重な施錠保管が必要です
6. 地域連携と通報体制の整備

医療機関・行政との連携
- 医師・病院薬剤部と処方量や処方日数について情報を共有
- 警察・県薬務課との連携体制を整備し、不審事例(例:処方重複、紛失報告)を即時連絡
- 定期的に薬剤師会・緩和ケアチームで情報交換を行い、実際のリスクに対応できる体制づくりを
まとめ|フェンタニル対策は薬局の信頼にも直結する

薬局は、フェンタニルのような強力な麻薬を取り扱う「最前線」です。
そのため、単なる調剤行為を超えた社会的責任が求められます。
実践ポイント
- 在庫管理:月次棚卸・帳簿記録・施錠管理を徹底
- 患者指導:誤使用・誤廃棄を防ぐ説明を必ず行う
- 地域連携:行政・医師・多職種との通報・共有体制を確立する
参考URL
- 厚生労働省 大臣会見概要 「フェンタニル原料の適切な取扱いについて」(2025-06-30)
- 厚生労働省 医薬食品局 監視指導・麻薬対策課
薬局における麻薬管理マニュアル(PDF、H23.4 改訂)
- 東京都保健医療局 麻薬取扱いの手引(薬局用)(令和6年12月改定 PDF)

- 厚生労働省 病院・診療所における麻薬管理マニュアル — フェンタニル貼付剤の取扱い手順を収載 (PDF)
- 厚生労働省 医療用麻薬適正使用ガイダンス(令和6年版 PDF)
- CDC “Understanding the Opioid Overdose Epidemic” (2023 年更新)
- 警察庁 『組織犯罪の情勢 令和5年版』— 第 1 章 ①「薬物事犯の検挙状況」 (PDF)
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