私たちの腸の中には、多くの細菌がすんでいます。
いわゆる「腸内細菌」や「腸内フローラ」と呼ばれるものです。
腸内細菌というと、便通やお腹の調子と関係するイメージが強いかもしれません。
しかし近年は、腸内細菌が免疫の働きや薬の効き方にも関係することがわかってきています。
特に注目されているのが、がん治療で使われる免疫チェックポイント阻害薬との関係です。
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫から逃げる仕組みをブロックする薬です。
一方で、同じ薬を使っても「よく効く人」と「あまり効かない人」がいます。
その違いの一部に、腸内細菌の状態が関係している可能性があるのです。
この記事では、腸内細菌と薬の効き方、とくにがん免疫療法との関係について、薬剤師の視点でわかりやすく整理します。
※この記事は一般的な情報提供を目的としたものです。治療中の薬やサプリメントの使用については、必ず主治医・薬剤師に相談してください。
腸内細菌とは?

腸内細菌とは、主に大腸にすんでいる多種多様な微生物のことです。
人の腸内には非常に多くの細菌が存在しており、食べ物の分解、免疫の調整、腸管バリアの維持などに関わっています。
腸内細菌の働きとして、代表的なものは次のようなものです。
- 食物繊維などを分解して短鎖脂肪酸をつくる
- 腸の粘膜バリアを保つ
- 免疫細胞の働きを調整する
- 一部の薬や成分の代謝に関わる
- 病原菌が増えすぎないようにする
つまり腸内細菌は、単に「お腹の調子」だけでなく、全身の健康や薬の反応にも関係する存在です。
最近では、腸内細菌と薬の関係を扱う「ファーマコミクロバイオミクス」という分野も注目されています。腸内細菌が薬の吸収・代謝・効果・副作用に影響する可能性があるためです。
大切なのは「腸内細菌の多様性」
腸内環境を考えるうえで、よく出てくるキーワードが「多様性」です。
これは、腸内にいろいろな種類の細菌がバランスよく存在している状態を指します。
たとえば、同じ種類の植物だけが生えている森よりも、さまざまな植物や生き物が共存している森のほうが環境は安定しやすいですよね。
腸内細菌もそれに近いイメージです。
多様性が保たれていると、腸内環境や免疫のバランスが安定しやすいと考えられています。
一方で、抗菌薬の使用、偏った食事、病気、加齢、ストレスなどによって腸内細菌のバランスが崩れることがあります。
このような状態は「ディスバイオーシス」と呼ばれます。
ディスバイオーシスは、炎症、感染症、代謝異常、薬の効き方の変化などと関連する可能性があり、医療の現場でも無視できないテーマになっています。
免疫チェックポイント阻害薬とは?
免疫チェックポイント阻害薬は、がん細胞が免疫から逃れる仕組みを解除する薬です。
代表的には、以下のような薬があります。
- ニボルマブ
- ペムブロリズマブ
- アテゾリズマブ
- デュルバルマブ
- イピリムマブ
これらの薬は、肺がん、悪性黒色腫、腎細胞がん、胃がん、食道がん、頭頸部がんなど、さまざまながん種で使われています。
免疫チェックポイント阻害薬は、従来の抗がん薬とは異なり、がん細胞そのものを直接攻撃するというよりも、患者さん自身の免疫ががんを攻撃しやすい状態にする薬です。
そのため、薬の効果には免疫状態が大きく関わります。
そして、その免疫状態に腸内細菌が影響している可能性があるのです。
腸内細菌と免疫チェックポイント阻害薬の関係
近年の研究では、腸内細菌の状態が免疫チェックポイント阻害薬の効果に関係する可能性が示されています。
たとえば、悪性黒色腫に対する免疫チェックポイント阻害薬治療では、食物繊維の摂取量が多い患者さんほど治療反応が良い傾向が報告されています。
Scienceに掲載された研究では、免疫チェックポイント阻害薬を受けた悪性黒色腫患者において、食物繊維の摂取量が多い群で無増悪生存期間が良好だったことが示されました。特に、十分な食物繊維を摂取し、かつ市販プロバイオティクスを使用していない群で効果が目立ったと報告されています。
また、腸内細菌の多様性が高いことや、特定の腸内細菌の存在が免疫チェックポイント阻害薬への反応と関連する可能性も報告されています。
ただし、ここで注意したいのは「特定の菌を増やせば必ず効く」という単純な話ではないことです。
腸内細菌は非常に複雑で、がん種、治療内容、食事、抗菌薬使用歴、地域差、個人差などによって結果が変わります。
現時点では、腸内細菌を調べれば免疫チェックポイント阻害薬の効果を正確に予測できる、という段階ではありません。
抗菌薬で免疫療法の効果が変わる可能性
免疫チェックポイント阻害薬と腸内細菌の関係で、薬剤師が特に意識したいのが抗菌薬です。
抗菌薬は感染症治療に欠かせない薬です。
一方で、抗菌薬は原因菌だけでなく腸内細菌にも影響するため、腸内細菌の多様性を低下させる可能性があります。
複数の観察研究やメタ解析では、免疫チェックポイント阻害薬の治療前後に抗菌薬を使用した患者さんで、治療成績が低下する傾向が報告されています。
ただし、ここは誤解してはいけません。
「抗菌薬を使うと免疫療法が効かなくなる」という単純な話ではありません。
感染症があるのに抗菌薬を使わないことは、むしろ危険です。
大切なのは、必要なときに、適切な抗菌薬を、適切な期間で使うことです。
薬剤師としては、以下の視点が重要です。
- 本当に抗菌薬が必要な感染症か
- 広域抗菌薬が必要な状況か
- 投与期間が長すぎないか
- 免疫チェックポイント阻害薬の開始前後か
- 下痢や発熱が感染症なのか、免疫関連有害事象なのか
抗菌薬を避けることが目的ではなく、抗菌薬の適正使用を徹底することが重要です。
プロバイオティクスは自己判断で使っていい?

腸内環境と聞くと、乳酸菌やビフィズス菌などのプロバイオティクスを思い浮かべる方も多いと思います。
しかし、免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者さんでは、プロバイオティクスの自己判断使用には注意が必要です。
市販のプロバイオティクスは製品ごとに含まれる菌種や菌数が異なります。
また、「善玉菌だから多く摂ればよい」とは限りません。
先ほど紹介した悪性黒色腫の研究では、市販プロバイオティクスを使用していない患者さんで、食物繊維摂取による良好な関連がより目立っていました。さらに、プロバイオティクス使用が腸内細菌の多様性低下と関連する可能性も示唆されています。
もちろん、整腸剤やプロバイオティクスが必要な場面もあります。
しかし、がん免疫療法中に「腸に良さそうだから」と自己判断でサプリメントを追加するのは避けた方がよいでしょう。
使用する場合は、主治医や薬剤師に相談することが大切です。
食事でできること|基本は食物繊維を意識する
現時点で、日常生活の中で比較的取り入れやすいのは、食事から腸内細菌の多様性を支えることです。
特に注目されているのが食物繊維です。
食物繊維は腸内細菌のエサとなり、短鎖脂肪酸などの産生に関わります。
食物繊維を多く含む食品には、次のようなものがあります。
- 野菜
- 果物
- 豆類
- 海藻
- きのこ
- 玄米や全粒穀物
- オートミール
ただし、がん治療中の患者さんでは、食欲低下、下痢、便秘、口内炎、消化管症状などがあることもあります。
そのため、無理に食物繊維を増やせばよいわけではありません。
腸閉塞のリスクがある方、消化管術後の方、強い下痢がある方などでは、食物繊維の摂り方に注意が必要です。
基本は、患者さんの状態に合わせて、無理のない範囲で食事を整えることです。
FMTは今後期待されるが、まだ研究段階
腸内細菌を治療に活用する方法として、FMTがあります。
FMTとは、糞便微生物移植のことです。
健康な人などの便に含まれる腸内細菌を移植し、腸内環境を変える治療法です。
免疫チェックポイント阻害薬が効きにくい患者さんに対して、FMTと抗PD-1抗体薬を組み合わせる研究も行われています。
たとえば、抗PD-1治療に抵抗性を示した進行悪性黒色腫患者を対象に、FMTと抗PD-1療法を組み合わせた第Ⅰ相試験では、有望な初期結果が報告されています。
また、2026年には非小細胞肺がんや悪性黒色腫を対象にしたFMT-LUMINate試験の結果も報告され、FMTと免疫療法の組み合わせがさらに注目されています。
ただし、FMTはまだ標準治療として広く使える段階ではありません。
ドナー選定、安全性、感染リスク、菌叢の標準化、投与方法など、解決すべき課題が多くあります。
現時点では、研究段階の治療と考えるのが適切です。
腸内細菌は薬の吸収・代謝にも関係する
腸内細菌は、免疫チェックポイント阻害薬だけでなく、さまざまな薬の効き方にも関係する可能性があります。
薬が体の中でどのように動くかを、薬物動態といいます。
薬物動態には、吸収、分布、代謝、排泄が含まれます。
腸内細菌は、このうち特に吸収や代謝に関わる可能性があります。
たとえば、腸内細菌が薬を直接分解したり、逆に薬を活性化したりすることがあります。
また、腸内環境が変化すると、腸管のpH、胆汁酸、粘膜バリア、トランスポーター、肝臓の代謝酵素などにも影響する可能性があります。
このように、腸内細菌は薬の効果や副作用に直接的・間接的に関わる可能性があるのです。
まだ臨床現場ですぐに用量調節へ反映できるケースは限られますが、将来的には「遺伝子の違い」だけでなく「腸内細菌の違い」も個別化医療の一部になるかもしれません。
薬剤師が現場で確認したいポイント
腸内細菌と薬の関係は、まだ研究段階の部分も多くあります。
それでも、薬剤師が現場で意識できることはあります。
特に免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者さんでは、次のような確認が重要です。
1. 抗菌薬の使用歴
免疫チェックポイント阻害薬の開始前後に、抗菌薬を使用していないか確認します。
特に広域抗菌薬や長期使用がある場合は、腸内細菌への影響を意識します。
ただし、抗菌薬が必要な感染症では適切な治療が優先です。
2. 下痢・腹痛・血便の有無
免疫チェックポイント阻害薬では、免疫関連有害事象として腸炎や下痢が起こることがあります。
一方で、感染性腸炎、抗菌薬関連下痢、下剤による下痢、整腸剤やサプリの影響なども考えられます。
患者さんから下痢の相談があった場合は、単なる胃腸症状として流さず、治療内容を確認することが大切です。
3. プロバイオティクス・整腸剤・サプリの使用
患者さんが自己判断で乳酸菌サプリや整腸剤を追加していることがあります。
「腸に良いものなら大丈夫」と思っている方も多いため、使用状況を確認しましょう。
免疫チェックポイント阻害薬を使用中の場合は、主治医に確認せずにサプリメントを追加しないよう説明することも大切です。
4. プロトンポンプ阻害薬や下剤の使用
プロトンポンプ阻害薬や下剤も、腸内環境に影響する可能性があります。
もちろん、必要な薬は継続すべきです。
ただし、漫然投与になっていないか、症状や適応に合っているかを確認する視点は重要です。
5. 食事内容
食物繊維を含む食品を極端に避けていないか、逆に消化器症状があるのに無理に増やしていないかを確認します。
患者さんの体調に合わせた食事指導が必要です。

患者さんに説明するときの言い方
患者さんに説明するときは、難しい言葉を使いすぎないことが大切です。
たとえば、次のように伝えるとわかりやすいです。
「腸内細菌は、お腹の調子だけでなく、免疫の働きにも関係していることがわかってきています。がんの免疫療法では、腸内環境が治療の効き方に関係する可能性も研究されています。」
「ただし、乳酸菌サプリを飲めば治療効果が上がる、という単純な話ではありません。治療中は自己判断でサプリを増やさず、主治医や薬剤師に相談してください。」
「抗菌薬は必要なときには大切な薬です。ただ、腸内細菌にも影響するため、必要な場面で適切に使うことが大切です。」
このように説明すると、患者さんの不安をあおらず、自己判断によるサプリ追加や抗菌薬忌避を防ぎやすくなります。

まとめ

腸内細菌は、便通やお腹の調子だけでなく、免疫や薬の効き方にも関係する可能性があります。
特に免疫チェックポイント阻害薬では、腸内細菌の多様性、食物繊維の摂取、抗菌薬の使用歴などが治療反応と関連する可能性が報告されています。
一方で、まだ研究段階の部分も多く、「この菌を増やせば効く」「このサプリを飲めばよい」と単純に言える段階ではありません。
現時点で大切なのは、次の3つです。
- 抗菌薬を必要なときに適切に使う
- 自己判断でプロバイオティクスやサプリを追加しない
- 体調に合わせて、食物繊維を含むバランスのよい食事を意識する
薬剤師としては、免疫チェックポイント阻害薬を使用している患者さんの抗菌薬使用歴、下痢・腹痛などの症状、整腸剤やサプリの使用状況を確認することが重要です。
腸内細菌と薬の関係は、今後さらに発展していく分野です。
「薬の効き方は薬だけで決まるわけではない」という視点を持つことが、これからの薬剤師にとって大切になるかもしれません。
参考文献・情報源
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