はじめに:なぜ薬剤師が集まらないのか?

「求人を出しても、1人も応募が来ない」――地方の薬局や病院では、薬剤師不足が深刻な問題となっています。都市部に比べて人材が集まりにくく、既存のスタッフに大きな負担がかかるケースも珍しくありません。
2024年から始まった第8次医療計画では、こうした地域格差を解消するための新たな取り組みがスタートしています。この記事では、薬剤師の“偏在”と呼ばれる地域間の偏りの現状を紹介しつつ、国が打ち出した3つの対策(出向加算、地域枠、偏在指標)を解説します。さらに、医療機関と個人薬剤師ができる工夫やキャリア戦略のヒントも紹介します。
薬剤師不足は本当に深刻?データで見る地方の現状

求人を出しても応募が来ない背景とは?
厚生労働省の統計によると、2024年時点で医師・薬剤師などの医療系職種の有効求人倍率は約2.3倍。これは、1つの求人に対して応募が0.4人しか来ていないという計算になります。とくに地方の小規模病院や薬局では、有効求人倍率が4倍近くになることもあり、求人を出しても1人も応募がないという状況が常態化しています。
地域差が浮き彫りに:偏在指標とは?
「薬剤師偏在指標」とは、薬剤師の数やその地域の医療需要をもとに、薬剤師が“足りているかどうか”を数値化した指標です。この偏在指標により、47都道府県のうち18道県が「薬剤師確保が必要な区域」として明確に示されました。
これにより、単なる主観ではなく、「どの地域にどのくらい人手が足りないのか」が、データで見えるようになりました。対策の優先順位もつけやすくなり、国としても本格的な支援に乗り出しています。
国が打ち出す“三つのカード”とは?

薬剤師不足の解決に向けて、国は3つの大きな政策を打ち出しています。
1. 出向加算:薬剤師を一時的に地方へ派遣
2024年度の診療報酬改定では、「薬剤業務向上加算」という新しい制度が導入されました。これは、経験のある薬剤師を一定期間、地方の薬剤師不足地域に存在する病院へ出向させると、派遣元と受け入れ先の両方に診療報酬が加算されるという仕組みです。
具体的には、病院薬剤師として3年以上の実務経験がある常勤薬剤師が、週32時間以上勤務する条件で、出向先の病院や薬局で働く場合に適用されます。この制度により、地方の人材不足を一時的にでも解消し、薬剤師のスキル向上にもつなげることができます。
2. 地域枠制度:地元出身の薬剤師を育てる
近年、薬学部にも「地域枠制度」が拡大しています。これは、地元出身の学生に対して、将来的にその地域で働くことを条件に、奨学金や学費の減免を行う仕組みです。
例えば、富山大学では、定員のうち10人を地域枠として選抜し、卒業後9年間、県内で薬剤師として働けば、学費約710万円が全額免除されます。学生にとっては経済的なメリットが大きく、地元医療を支える人材の育成にもつながります。
3. 偏在指標による可視化と支援
偏在指標は「今どこが足りていないか」だけでなく、「将来どこが足りなくなるか」も予測できるよう設計されています。指標が一定基準を下回る地域では、国の補助金や奨学金支援などが重点的に投入されます。
こうしたデータに基づいた支援により、効率よく地域間の格差を埋めることが期待されています。
医療機関が今すぐできる働き方改革

ICTやロボットを活用して業務を効率化
薬剤師の負担を減らすために、調剤ロボットや自動監査システムの導入が進んでいます。これにより、調剤ミスのリスクを減らしながら、調剤時間を最大30%短縮できるとされています。
また、病棟内ではPHSやチャットツールを活用し、医師とのやり取りを効率化する取り組みも効果的です。
キャリア支援や評価制度の見直し
薬剤師の専門性を評価するため、専門認定の取得費用を病院が負担したり、資格手当を支給したりするケースが増えています。たとえば、がん専門薬剤師の資格を持つ人に月3万円の手当を支給する事例もあります。
出向を“学びの機会”に変える
出向は一時的な人材補充としてだけでなく、薬剤師が新たな知見を得る機会にもなります。出向前に目標を設定し、出向後に学んだことをチーム内で共有すれば、病院全体のスキルアップにもつながります。
薬剤師個人ができるキャリア戦略

地方で専門性を高めて差別化
都市部では競争が激しい分野も、地方ではニーズが高く、より深く関われるチャンスがあります。たとえば、在宅医療、がん治療、感染管理などは、地方でこそ求められる専門性です。
地域枠や出向制度をキャリアに活かす
地域枠での進学や出向経験は、履歴書で「地域医療への理解がある人材」として評価されることも多く、製薬企業や行政機関へのキャリアアップにもつながる可能性があります。
奨学金返還支援制度を活用する
たとえば山口県では、薬局に就職した場合に奨学金の半額を県が負担する制度を導入。経済的な不安を減らしながら地方で働ける環境が整いつつあります。
おわりに:偏在解消のカギは「働きやすさ」

薬剤師の偏在問題は、一部の制度や努力だけで簡単に解決できるものではありません。だからこそ重要なのは、「働きやすさ」を地域ごとにどう確保していくかです。
ICT活用やキャリア支援、そして柔軟な勤務体制の整備が、地方でも魅力的な職場を作る鍵になります。
キャリアの悩みは専門家に相談しよう

地方で働くことに不安がある方や、出向制度を活かしたキャリア形成を考えている方は、薬剤師転職エージェントに相談してみるのも一つの手です。下記のようなエージェントは、それぞれ得意な分野を持っており、あなたに合った職場を一緒に探してくれます。
- JJメディケアキャリア:地方中核病院の求人が多い
- arp:短期出向や派遣型勤務に強み
- エニーキャリア:地域枠出身者向けのサポートが充実
- アイリード:ICT導入済みの薬局と多数提携
- セルバ:奨学金返済支援制度付きの求人を紹介
- メディカルリソース:専門資格取得支援に定評あり
- ファル・メイト:二地域勤務など柔軟な働き方の提案あり
- アポプラスキャリア:病院経験から製薬企業への転職支援に強い
- ユニヴ(番外編):薬局経営に挑戦したい人向けの独立支援制度あり
「地方勤務は不利」と思われがちですが、自分に合った働き方を見つければむしろ有利なキャリア形成が可能です。まずは情報収集から始めてみましょう。
参考URL
厚生労働省「薬剤師確保計画ガイドライン」2023 年改訂版
https://www.mhlw.go.jp/content/001298148.pdf日本病院薬剤師会「薬剤業務向上加算にかかる出向研修モデル作成の手引き」
https://www.jshp.or.jp/content/2025/0703-1.pdf薬事日報社説「加速する薬剤師不足に次の一手は」
薬事日報社説「広がるか薬系大学の地域枠」
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