母の生活保護申請に動いた薬剤師の記録!子どもが親の生活を全部背負わなくていい

薬剤師が解説
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父の死、月約8万円の仕送り、寡婦年金の終了。正式な申請には至らなかった私が、社会福祉へ頼る意味を考えます。

親の生活を支えることと、自分の生活を守ることは、どちらか一方を犠牲にしなければならない問題ではありません。

父が62歳で亡くなったあと、母の生活を支えることになりました。母自身は国民年金保険料の未納期間があり、65歳以降に受け取れる老齢年金がありません。父が残してくれたお金と、私からの仕送りが生活の柱でした。

平均すると仕送りは月8万円ほど。それでも、母が65~66歳になる頃には父の残したお金が尽きることが目に見えていました。私にも自分の生活と家族があります。これ以上、仕送りを増やし続けるのは現実的ではありませんでした。

そこで私は、母が65歳になる前から役所や民生委員に相談し、生活保護の申請に向けて動き始めました。最終的には母の末期がんが見つかり、正式な申請には至りませんでした。それでも、この経験から強く感じたことがあります。

子どもだからといって、親の生活をすべて背負う必要はありません。生活が破綻する前に社会へ相談することも、家族を守るための行動です。
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父が62歳で亡くなり、母の生活を支えることになった

父は国民年金に加入していましたが、62歳のときに末期がんで亡くなりました。同い年だった母は、父の死後、62歳から65歳まで寡婦年金を受給しました。

寡婦年金は、国民年金の第1号被保険者として一定の保険料納付要件を満たした夫が、老齢基礎年金などを受け取らずに亡くなった場合、要件を満たす妻に60歳から65歳まで支給される制度です。母の場合も65歳で終了することが分かっていました。

一方、母自身は65歳以降に受け取れる年金がありませんでした。年金制度の詳しいことが分からなかったため、私は年金事務所へ行き、母が受け取れる年金と支給期間を確認しました。そこで初めて、寡婦年金が65歳で終了したあとは、母の定期収入がなくなる現実を突きつけられました。

父が残した約500万円と、月約8万円の仕送り

父は母のために約500万円を残してくれていました。私はそのお金を管理し、母が毎月生活できるように口座へ振り込んでいました。

母は築50年ほどのマンションで一人暮らしをしていました。資産価値はほとんどありませんでしたが、持ち家だったため家賃がかからなかったことは救いでした。ただし、管理費などの固定費や食費、光熱費は当然必要です。

寡婦年金の受給額やその月の支出によって、私から振り込む金額は8万円以下になることもありました。それでも、平均すると月8万円ほどを仕送りしていたと思います。

500万円という数字だけを見ると、しばらく生活できるように感じるかもしれません。しかし、収入がほとんどない状態で毎月の生活費を取り崩せば、いずれ底をつきます。試算すると、母が65~66歳になる頃には資金が尽きることが分かりました。

実際にお金がなくなってから動くのでは遅い。私はそう考え、まだ父の残したお金があるうちから相談を始めました。

生活保護を考えることに罪悪感はなかった

母の生活保護を考えることに、私は大きな罪悪感を抱きませんでした。すでにできる範囲で仕送りを続けていましたし、私にも守らなければならない生活があったからです。

親子だから助けるのは当然だという考え方もあるでしょう。しかし、毎月の仕送りを増やせば、その分だけ自分の家計や将来への備えが削られます。入院や介護など、いつ大きな支出が発生するかも分かりません。

私は『子どもなのだから、もっと負担しなければ』と考えるのではなく、自分と家族の生活を守ることを優先しました。親を見捨てるために生活保護を考えたのではありません。家族だけで支えることに限界が来る前に、利用できる制度へつなげようとしたのです。

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役所と民生委員へ早めに相談した

最初に相談したのは役所です。その後、地域の民生委員を紹介してもらい、おおむね2~3か月に一度のペースで相談を続けました。

生活保護と聞くと、申請のハードルがとても高いイメージがありました。しかし、実際に相談してみると、役所の担当者も民生委員も状況を聞き、一緒に考えてくれました。少なくとも『相談してはいけない雰囲気』ではありませんでした。

母は65歳になるまで寡婦年金を受け取れました。その一方、当時相談した自治体からは、65歳未満で病歴が確認できない場合、まずハローワークへ登録して求職活動をする必要があるという趣旨の説明を受けました。そこで、65歳以降に申請できるよう、早い段階から準備を進めました。

※ これは私たちが当時、相談先から受けた説明です。生活保護の申請に病歴が必須という意味ではありません。実際の判断では、年齢だけでなく、稼働能力、働く意思、就労できる場の有無、資産や収入などが個別に確認されます。

受診を拒む母を、支援へつなげる難しさ

年齢や日頃の様子から、私には母が現実に働ける状態とは思えませんでした。就労が難しいことを確認する意味でも、一度病院を受診してほしいと考えました。

しかし、母には医療機関への抵抗感があり、受診を拒みました。家族が心配して支援につなげようとしても、本人が拒否すれば進められないことがあります。薬剤師として患者さんに受診勧奨するのとは違い、家族として母を動かすことの難しさを感じました。

無理に連れていくこともできず、役所や民生委員への相談を続けながら、65歳以降の生活に備えるしかありませんでした。

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65歳で寡婦年金が終了し、その後に末期がんが見つかった

母は65歳になり、寡婦年金の支給が終了しました。いよいよ生活保護の申請を具体的に進めなければならない時期でした。

ところが、その後、母が自宅で倒れているところを見つけたのは近隣の方でした。救急搬送され、詳しい検査を受けた結果、末期がんであることが分かりました。原発は卵巣がんで、すでに転移していました。

告げられた余命は1か月半。母は、ほぼその言葉どおりに亡くなりました。65歳でした。生活保護の申請に向けて準備していましたが、正式に申請するところまでは至りませんでした。

入院費と葬儀費用を合わせると、父が残してくれたお金だけでは足りませんでした。最終的には私自身の貯金も取り崩し、なんとか支払うことができました。

父が残してくれた約500万円があり、平均月8万円ほど仕送りをしていました。それでも、病気や死に伴う支出まで含めれば十分ではありませんでした。家族だけで親の老後を支えることには、経済面でも時間の面でも限界があることを実感しました。

生活保護は『何もしなくても暮らせる制度』ではなかった

今回、生活保護について調べ、役所や民生委員へ相談するなかで、私は『健康で文化的な最低限度の生活』がどのように支えられているのかを初めて具体的に考えました。

生活保護費は、誰にでも同じ金額が無条件で支給されるものではありません。世帯ごとに算定される最低生活費と、年金や就労収入などの収入を比べ、不足する分が支給されます。申請後には、預貯金、保険、不動産、親族からの援助、就労の可能性なども調査されます。

母には持ち家がありましたが、居住用の持ち家があるだけで生活保護を申請できないわけではありません。資産価値や処分の可能性、本人の生活状況などを踏まえ、保有が認められる場合があります。母のマンションは築50年ほどで、資産価値がほとんどない状態でした。

相談を通じて知った生活保護は、決して余裕のある生活を保証する制度ではありませんでした。最低限度の生活を守るための制度です。インターネット上では、生活保護の利用者全体を批判するような意見も見かけます。もちろん不正受給があれば適切に対処されるべきです。しかし、一部の不正を理由に、本当に困窮している人まで批判するのは違うと感じます。

病気、死別、失業、年金の不足などは、誰にでも起こる可能性があります。家族の援助や本人の資産を活用しても生活を維持できないとき、最低限度の生活を保障する最後のセーフティーネットが必要です。

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社会福祉の力は、自分から頼って初めて見えてきた

役所や民生委員へ相談する前の私は、生活保護の申請はもっと冷たく、門前払いされるようなものだと想像していました。しかし、実際には担当者や民生委員が継続して相談に乗ってくれました。制度を受給するところまでは進みませんでしたが、社会福祉が人の生活を支えるために動いていることを実感できました。

同時に感じたのは、支援は待っているだけでは届きにくいということです。こちらから役所へ相談し、状況を説明したことで、初めて民生委員につながりました。何に困っているのかを言葉にしなければ、周囲からは見えません。

『まだ少しお金が残っているから』『家族が仕送りしているから』と限界まで我慢するのではなく、今後生活できなくなると分かった段階で相談してよい。今回の経験から、私はそう考えるようになりました。早めに相談したからこそ、必要になる手続きや考え方を落ち着いて知ることができました。

薬剤師だからこそ、患者さんの生活背景にも目を向けたい

薬局で働いていると、私たちは薬の効果、副作用、飲み方に意識を向けます。しかし、患者さんが薬を飲み続けるためには、その土台となる生活が成り立っていなければなりません。

経済的な事情で受診をためらう人、家族へ負担をかけたくないと話す人、医療機関への抵抗感から受診を拒む人もいます。こうした問題は、服薬指導だけで解決できるものではありません。

薬剤師が生活保護の可否を判断する必要はありません。それでも、生活上の困りごとに気づいたとき、『ご家族だけで抱えず、役所や福祉事務所へ相談してみてはどうでしょうか』と選択肢を伝えることはできます。在宅医療であれば、ケアマネジャーや医療ソーシャルワーカーなど、多職種へ共有することも大切です。

私自身、薬剤師でありながら、母の問題に直面するまでは社会福祉の仕組みを十分に知りませんでした。自分の家族のために調べ、相談した経験は、患者さんを病気や薬だけでなく、生活者として見るきっかけになりました。

子どもだからといって、親の生活を全部背負わなくていい

母の生活保護申請に向けて動いたものの、結局、正式な申請には至りませんでした。その直前に末期がんが見つかり、母は1か月半で亡くなったからです。

父が残してくれたお金も、私からの仕送りも、最後の入院費と葬儀費用まで含めれば足りませんでした。それでも、早い段階で相談した判断は間違っていなかったと思っています。

親を大切にすることと、子どもが限界までお金を出し続けることは同じではありません。

親子だけで解決できない問題に直面したとき、社会福祉を頼ることは逃げでも、親を見捨てることでもありません。自分の生活を守りながら親を支えるための、現実的な選択肢の一つです。

生活保護に限らず、制度は知っているだけでは利用できません。困っていることを自分から伝え、相談先につながる必要があります。私の経験が、親の生活や仕送りに悩んでいる薬剤師にとって、『家族だけで背負わなくてもいい』と考えるきっかけになれば幸いです。

生活保護について相談するときのポイント

生活が完全に破綻する前に、今後の収支を整理して相談する

相談・申請窓口は、住んでいる地域を所管する福祉事務所の生活保護担当

預貯金、年金、保険、不動産、親族からの援助などを分かる範囲で整理する

持ち家があっても申請は可能。保有できるかどうかは個別に判断される

本人が相談や受診を拒む場合も、まず家族だけで役所や民生委員へ相談してみる

自治体や個別事情によって対応が異なるため、インターネットの情報だけで判断しない

※ 本記事は筆者個人の体験を紹介するもので、生活保護の受給可否を示すものではありません。制度の詳細や個別の判断は、お住まいの地域を所管する福祉事務所へご確認ください。

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参考文献

日本年金機構:寡婦年金

厚生労働省:生活保護制度

厚生労働省:生活保護を申請したい方へ

厚生労働省:生活保護法施行事務監査の実施について

厚生労働省:民生委員・児童委員について

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